【LIBRARY】『ひと アート まち』2008年11月号
ひと アート まち
【2008年11月号】
いちょうの実
内閣府が発表した08年度版の「男女共同参画白書」によると、共働き世帯において、妻の家事・育児・介護等にかける総平均時間が4時間15分なのに対し、夫は30分。専業主婦の場合なら、妻の6時間21分に対し、夫は39分となるらしい。
また、ベネッセ教育研究開発センターによる「幼児の生活アンケート」では、乳幼児のいる父親の帰宅時間は平均午後8時で、同9時台が最も多く15・4%、午後11時から翌午前5時までに帰宅する父親も21・9%もいるという。最近の父親は子どもの寝顔しか知らない、という笑い話は本当だったと驚いた。
毎日のように報じられる母親による子どもの虐待、育児放棄、遺棄、そして子殺し。その責任のほとんどは母親ひとりに押しつけられるように報じられ、表に全く出て来ない父親を差し置いて、母親の愛情や責任の不足を指摘するものばかりだ。しかし、子育ての負担が女性だけに偏り過ぎていることが事件を誘発する要因なのではとも思ってしまう。
「よい子からできる子へ。そして勝ち組へ」と、わが子をつくりあげていくという使命をたったひとりで背負い、育児のノウハウ本通りにならないわが子にイライラし、社会から取り残されそうな自分に焦りながら、自分だけを責めて孤立していく。そんな毎日が、海外ではほとんど問題にならないという「育児不安」に追い込まれたり、「この子さえいなければ」と衝動的に暴走したりしてしまいそうな危険をはらんでいたとしても不思議ではない。
ここ十年来、「子育て支援」の重要さがしきりに言われ、数々の施策の具体化が叫ばれている割に、目に見える解決には向かっていない。それは、家族外に助けを求める前に何よりもまず一番に支援に入るべき父親に大きな変化が見られないことと、そうした父親の支援をなかなか許そうとしない社会の不寛容さにも原因があるのではないだろうか。
当館(フリッツアートセンター)は、「宮沢賢治絵本原画展」の第5弾として、大人気の2人組イラストレーター「100%ORANGE」の及川賢治さんの最新作「いちょうの実」の展示を始めた。いちょうの木のおかあさんと黄金(きん)色の子どもたちとの別れの朝を描いたこの物語から見えてくるものは、不景気だからとか、つきあいが大変だからとか、仕事が忙しいからだとかの言い訳ではない。ただ子どもたちに精いっぱいの愛情を与えて旅に出す母親と、「あらんかぎりのかがやきを悲しむ母親の木と旅に出た子どもら」に送るお日様としての父親の笑顔である。
「童子(わらし)こさえる代わりに書いたのだもや」と遺(のこ)した賢治の言葉はとても重い。
(掲載;朝日新聞 群馬版 2008年11月8日)
【2008年11月号】
いちょうの実
内閣府が発表した08年度版の「男女共同参画白書」によると、共働き世帯において、妻の家事・育児・介護等にかける総平均時間が4時間15分なのに対し、夫は30分。専業主婦の場合なら、妻の6時間21分に対し、夫は39分となるらしい。
また、ベネッセ教育研究開発センターによる「幼児の生活アンケート」では、乳幼児のいる父親の帰宅時間は平均午後8時で、同9時台が最も多く15・4%、午後11時から翌午前5時までに帰宅する父親も21・9%もいるという。最近の父親は子どもの寝顔しか知らない、という笑い話は本当だったと驚いた。
毎日のように報じられる母親による子どもの虐待、育児放棄、遺棄、そして子殺し。その責任のほとんどは母親ひとりに押しつけられるように報じられ、表に全く出て来ない父親を差し置いて、母親の愛情や責任の不足を指摘するものばかりだ。しかし、子育ての負担が女性だけに偏り過ぎていることが事件を誘発する要因なのではとも思ってしまう。
「よい子からできる子へ。そして勝ち組へ」と、わが子をつくりあげていくという使命をたったひとりで背負い、育児のノウハウ本通りにならないわが子にイライラし、社会から取り残されそうな自分に焦りながら、自分だけを責めて孤立していく。そんな毎日が、海外ではほとんど問題にならないという「育児不安」に追い込まれたり、「この子さえいなければ」と衝動的に暴走したりしてしまいそうな危険をはらんでいたとしても不思議ではない。
ここ十年来、「子育て支援」の重要さがしきりに言われ、数々の施策の具体化が叫ばれている割に、目に見える解決には向かっていない。それは、家族外に助けを求める前に何よりもまず一番に支援に入るべき父親に大きな変化が見られないことと、そうした父親の支援をなかなか許そうとしない社会の不寛容さにも原因があるのではないだろうか。
当館(フリッツアートセンター)は、「宮沢賢治絵本原画展」の第5弾として、大人気の2人組イラストレーター「100%ORANGE」の及川賢治さんの最新作「いちょうの実」の展示を始めた。いちょうの木のおかあさんと黄金(きん)色の子どもたちとの別れの朝を描いたこの物語から見えてくるものは、不景気だからとか、つきあいが大変だからとか、仕事が忙しいからだとかの言い訳ではない。ただ子どもたちに精いっぱいの愛情を与えて旅に出す母親と、「あらんかぎりのかがやきを悲しむ母親の木と旅に出た子どもら」に送るお日様としての父親の笑顔である。
「童子(わらし)こさえる代わりに書いたのだもや」と遺(のこ)した賢治の言葉はとても重い。
(掲載;朝日新聞 群馬版 2008年11月8日)

