【LIBRARY】『ひと アート まち』 2009年4月号
今月の『ひと アート まち』は、哲学者 内山 節さんの新刊の勝手なご紹介です。内山さんの世界へ眼差しとの出会いがなければ今の自分はありません。今でも何かあると 「内山さんだったら」とまずは想像してみることから始めます。MIXIのひとりぼっちのマイミクだったりで、そんなお茶目な一面も大好きだったりします。(参考;新潮社ホームページ)
怯えの時代
いまから二十年くらい前、私はドイツのベルリンから西に向う列車に乗った。翌年には「東側世界」が崩壊し、ベルリンの壁がこわされていく、そんな時代である。
列車の床に食べかけのパンが散乱していた。どの車輛も、どの車輛もである。なぜこんな光景が発生するのか。食べ物を粗末にしてはいけないというようなことは、どこの国の人々も教えられてきたはずだ。列車はポーランドのワルシャワ発だった。乗客が説明してくれた。当時はまだ社会主義国だったポーランドでは生活必需品の価格が安かった。パンもひどく安いものであったらしい。少し食べて捨ててしまっても、また買えばよいほどに。
だから床にパンを放り投げているとすれば、それは人間の頽廃である。だがなぜそんな心境になってしまうのか。それは人々が上から与えられたシステムのなかで生きているだけで、自分たちで社会をつくってはいないからである。社会を自分たちでつくりだしているという実感がない。だからパンも自分たちの社会がつくりだしたものというより、社会システムが提供したものと感じる。しかもそのパンはまずく、人々はもっとまともなパンを提供しろという怒りをいだきながら、床にパンを投げ捨てる。ところがそのために国家システムはますますパンを増産しなければならなくなり、パンの質はいっそう低下していく。人々はさらにパンを無駄にする。
こんな構造のなかで当時の「東側諸国」は崩壊していった。そしてこの構造を知ってみると、そこに現代世界に共通する何かがあるような気もした。「西側諸国」も同じようなことをもっとスマートにおこなっているだけなのではないかという気が。
日本でも食べ物の四割が捨てられている、という説もある。それがどのくらい正確な数字なのか私は知らないが、相当量が捨てられていることは間違いない。賞味期限や賞味時間が切れたもの、効率よく調理しようとして捨てられるもの、食べ残し......。違いはそれらが消費者の選択や自由をとおして、さらに市場での自由な競争をとおして、スマートに捨てられていることにある。ポーランドのパンは不細工に捨てられた。
食べ物を大事にするという倫理は、実際には、私たちの社会でも通用してはいないのである。その理由は、やはり自分たちで社会をつくってはいないからだ。与えられたシステムのもとで、あたかも自分は自由であるかのごとく消費していく。ポーランドの民衆と同じように、たえず捨てながら、ただしスマートに。
その列車に乗った一年後にポーランドは崩壊する。とすると私たちの社会はどうなるのだろうか。おそらく衰弱し、何かがこわれながらも崩壊しないだろう。なぜなら現代の社会システムが崩壊することに怯える人たちが数多くいるからだ。問題の多い社会システムであることはわかっていても、その社会システムにぶら下がらなければ現状の自分の存在も維持できない。そこから現状を維持しようとする草の根の保守主義が生まれ、問題があることに気づいても直したくはない人々があふれかえる。
派遣や請負労働者の存在は誰もが知っている。だがこの構造は直したくない。なぜなら派遣や請負の人々がいることによって、自分たちの生きる世界が成立してしまっているからである。
だが近代以降つくりあげられてきた体系は壁につきあたり、一部は瓦解しはじめている。とすると私たちの社会はこの変動のなかで自滅していくしかないのだろうか。
(第四章 九「冷たい貨幣か、温かい貨幣か」より)
新潮選書
怯えの時代

うちやまたかし
1950年東京都世田谷区の生まれ。哲学者。
立教大学大学院教授、NPO法人森づくりフォーラム代表理事など。
存在論、労働論、自然哲学、時間論において独自の思想を展開する。最終学歴は東京都立新宿高等学校卒業。
高校卒業後、大学などの高等教育機関を経ることなく、書籍などで自らの思想を発表しながら活動する哲学する人で知られている。長らく大学などの研究職についていなかったが、2004年から立教大学の特別任用教員としても活動している。
1970年代から渓流釣りなどの縁で群馬県の上野村に住むようになる。現在でも、東京と群馬県上野村との往復生活を続けている。上野村では畑を耕し、森を歩きながら暮らしている。
【著作】
単著;
労働過程論ノート(田畑書店 1976年・増補版 1984年)
存在からの哲学(毎日新聞社 1980年)
山里の釣りから(日本経済評論社 1980年・岩波書店 1995年)
戦後日本の労働過程(三一書房 1982年)
労働の哲学(田畑書店 1982年)
フランスへのエッセー(三一書房 1983年)
哲学の冒険(毎日新聞社 1985年・平凡社 1999年)
自然と労働(農山漁村文化協会 1986年)
自然と人間の哲学(岩波書店 1988年)
情景のなかの労働(有斐閣 1988年)
自然・労働・協同社会の理論(農山漁村文化協会 1989年)
続・哲学の冒険(毎日新聞社 1990年)
山里紀行(日本経済評論社 1990年)
戦後思想の旅から(有斐閣 1992年)
やませみの鳴く谷(岩波書店 1992年)
時間についての十二章(岩波書店 1993年)
森にかよう道(新潮社 1994年)
森の旅(日本経済評論社 1996年)
子どもたちの時間(岩波書店 1996年)
貨幣の思想史(新潮社 1997年)
自由論(岩波書店 1998年)
里の在処(新潮社 2001年)
森の列島に暮らす(コモンズ 2001年)
「里」という思想(新潮社 2005年)
「創造的である」ということ<上>農の営みから(農山漁村文化協会 2006年)
「創造的である」ということ<下>地域の作法から(農山漁村文化協会 2006年)
戦争という仕事(信濃毎日新聞社 2006年)
共編著;
やまめ物語(現代書館 1986年)
<森林社会学>宣言(有斐閣 1989年)
思想と労働(農山漁村文化協会 1997年)
往復書簡思想としての労働(農山漁村文化協会 1997年)
ローカルな思想を創る(農山漁村文化協会 1998年)
市場経済を組み替える(農山漁村文化協会 1999年)
山里のごちそう話(ふきのとう書房 2003年)
まちづくりは面白い(ふきのとう書房 2003年)
地域の遺伝子をみがく(蒼天社出版 2004年)
いまから二十年くらい前、私はドイツのベルリンから西に向う列車に乗った。翌年には「東側世界」が崩壊し、ベルリンの壁がこわされていく、そんな時代である。
列車の床に食べかけのパンが散乱していた。どの車輛も、どの車輛もである。なぜこんな光景が発生するのか。食べ物を粗末にしてはいけないというようなことは、どこの国の人々も教えられてきたはずだ。列車はポーランドのワルシャワ発だった。乗客が説明してくれた。当時はまだ社会主義国だったポーランドでは生活必需品の価格が安かった。パンもひどく安いものであったらしい。少し食べて捨ててしまっても、また買えばよいほどに。
だから床にパンを放り投げているとすれば、それは人間の頽廃である。だがなぜそんな心境になってしまうのか。それは人々が上から与えられたシステムのなかで生きているだけで、自分たちで社会をつくってはいないからである。社会を自分たちでつくりだしているという実感がない。だからパンも自分たちの社会がつくりだしたものというより、社会システムが提供したものと感じる。しかもそのパンはまずく、人々はもっとまともなパンを提供しろという怒りをいだきながら、床にパンを投げ捨てる。ところがそのために国家システムはますますパンを増産しなければならなくなり、パンの質はいっそう低下していく。人々はさらにパンを無駄にする。
こんな構造のなかで当時の「東側諸国」は崩壊していった。そしてこの構造を知ってみると、そこに現代世界に共通する何かがあるような気もした。「西側諸国」も同じようなことをもっとスマートにおこなっているだけなのではないかという気が。
日本でも食べ物の四割が捨てられている、という説もある。それがどのくらい正確な数字なのか私は知らないが、相当量が捨てられていることは間違いない。賞味期限や賞味時間が切れたもの、効率よく調理しようとして捨てられるもの、食べ残し......。違いはそれらが消費者の選択や自由をとおして、さらに市場での自由な競争をとおして、スマートに捨てられていることにある。ポーランドのパンは不細工に捨てられた。
食べ物を大事にするという倫理は、実際には、私たちの社会でも通用してはいないのである。その理由は、やはり自分たちで社会をつくってはいないからだ。与えられたシステムのもとで、あたかも自分は自由であるかのごとく消費していく。ポーランドの民衆と同じように、たえず捨てながら、ただしスマートに。
その列車に乗った一年後にポーランドは崩壊する。とすると私たちの社会はどうなるのだろうか。おそらく衰弱し、何かがこわれながらも崩壊しないだろう。なぜなら現代の社会システムが崩壊することに怯える人たちが数多くいるからだ。問題の多い社会システムであることはわかっていても、その社会システムにぶら下がらなければ現状の自分の存在も維持できない。そこから現状を維持しようとする草の根の保守主義が生まれ、問題があることに気づいても直したくはない人々があふれかえる。
派遣や請負労働者の存在は誰もが知っている。だがこの構造は直したくない。なぜなら派遣や請負の人々がいることによって、自分たちの生きる世界が成立してしまっているからである。
だが近代以降つくりあげられてきた体系は壁につきあたり、一部は瓦解しはじめている。とすると私たちの社会はこの変動のなかで自滅していくしかないのだろうか。
(第四章 九「冷たい貨幣か、温かい貨幣か」より)
新潮選書
怯えの時代
内山 節

吸い
込まれるように「先の見えない時代」へと移行している。かつて、これほどまでに人間が無力なことはなかった。問題の所在はわかっていても、「現代」を支え
るシステムが複雑かつ巨大過ぎて、解決手段をもてなくなってしまったのだ。いつから私たちは「明るい未来」をなくしてしまったのか。気鋭の哲学者が「崩れ
ゆく社会」を看破する。
発行;新潮社
発行;新潮社
発売日;2009/02/20
定価;1,000円 + 税
内山 節 プロフィール;
うちやまたかし
1950年東京都世田谷区の生まれ。哲学者。
立教大学大学院教授、NPO法人森づくりフォーラム代表理事など。
存在論、労働論、自然哲学、時間論において独自の思想を展開する。最終学歴は東京都立新宿高等学校卒業。
高校卒業後、大学などの高等教育機関を経ることなく、書籍などで自らの思想を発表しながら活動する哲学する人で知られている。長らく大学などの研究職についていなかったが、2004年から立教大学の特別任用教員としても活動している。
1970年代から渓流釣りなどの縁で群馬県の上野村に住むようになる。現在でも、東京と群馬県上野村との往復生活を続けている。上野村では畑を耕し、森を歩きながら暮らしている。
【著作】
単著;
労働過程論ノート(田畑書店 1976年・増補版 1984年)
存在からの哲学(毎日新聞社 1980年)
山里の釣りから(日本経済評論社 1980年・岩波書店 1995年)
戦後日本の労働過程(三一書房 1982年)
労働の哲学(田畑書店 1982年)
フランスへのエッセー(三一書房 1983年)
哲学の冒険(毎日新聞社 1985年・平凡社 1999年)
自然と労働(農山漁村文化協会 1986年)
自然と人間の哲学(岩波書店 1988年)
情景のなかの労働(有斐閣 1988年)
自然・労働・協同社会の理論(農山漁村文化協会 1989年)
続・哲学の冒険(毎日新聞社 1990年)
山里紀行(日本経済評論社 1990年)
戦後思想の旅から(有斐閣 1992年)
やませみの鳴く谷(岩波書店 1992年)
時間についての十二章(岩波書店 1993年)
森にかよう道(新潮社 1994年)
森の旅(日本経済評論社 1996年)
子どもたちの時間(岩波書店 1996年)
貨幣の思想史(新潮社 1997年)
自由論(岩波書店 1998年)
里の在処(新潮社 2001年)
森の列島に暮らす(コモンズ 2001年)
「里」という思想(新潮社 2005年)
「創造的である」ということ<上>農の営みから(農山漁村文化協会 2006年)
「創造的である」ということ<下>地域の作法から(農山漁村文化協会 2006年)
戦争という仕事(信濃毎日新聞社 2006年)
共編著;
やまめ物語(現代書館 1986年)
<森林社会学>宣言(有斐閣 1989年)
思想と労働(農山漁村文化協会 1997年)
往復書簡思想としての労働(農山漁村文化協会 1997年)
ローカルな思想を創る(農山漁村文化協会 1998年)
市場経済を組み替える(農山漁村文化協会 1999年)
山里のごちそう話(ふきのとう書房 2003年)
まちづくりは面白い(ふきのとう書房 2003年)
地域の遺伝子をみがく(蒼天社出版 2004年)

