まず個人のために。
そして身近な人のために。
そしてその結果として。

私たちは街に個人を取り戻したい。
今、私たちは何にあこがれているのか。自信に満ちたこと、その方法は。
子どもの頃、街の地面は近かった。
いつの日か、車の往来に視線は変わり、消費文化の洗礼を受け、そして使い果たし、また買う。
街は私たちの、ある欲求を満たすだけの場所であってはならない。
街は、近くにいる人、愛する人、そして個人、自分自身らが確実に生きていることを実感できる場所であると信じます。

「都市(街)自体がもはや、美術館であり、劇場である。」この言葉を再定義し、そのシンボルとしての 「広場」その場でのフェスティバル。さらに、流行の訴求力しか意識にないイベントの一見性は注意深く取り扱い、持続性というものをその中に強く意識しなければなりません。人が深く感動することの大きな価値の原動力に、個人と世界の対話。日常性と非日常性の偶然の出会いの中で日頃見慣れた風景を再発見できること。数々の繰り返される虚と実の狭間で、私たちは日常の意義、または、私たちの中にさえも「広場」を見つけることが出来るだろう。

前橋芸術週間は、このようなことをコンセプトに、市民の文化意識の高揚と地方から全国、そして世界への文化発信を目的として、諸文化を出逢わせ、また、衝突させるというフェスティバルの原理のもとに、都市の持つ無意識の発想と、そこに棲む多くの個人のために、全く新しいスタイルを持ったアートフェスティバルを目指します。

新しい個人。新しい世界観。街の喧噪の中、遠くを旅するより、近くを冒険するために。
それぞれの個人のために。
愛する人のために。その結果としての「広場・街」のために。笑顔のために。

そして、子供たちの子供たちの子供たちのために。